2010年8月30日月曜日

我々は”答え”を生きている

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先日、NHKのハーバード白熱授業でマイケル・サンデル教授の講義に感動して、彼の本を読んでいます。すごく簡単に言うと「もはや思想、信仰、社会は多元化してきていて、それは”善”という概念もしかり。唯一の”善”が存在しない以上、唯一の”正義”も存在しない。つまり我々は今”答え”を生きている。積極的に他者と関わり、対話し、考え続けること、新しい視点に触れることで不安を抱きながらも、変化し続けていくことこそ、正義である。」という風なことを言っていました。
私は、”真実=答え”を論理的に探求する存在である哲学者が「”答え”というものを現時点で定義することはできない、ということこそ”答え”である」と”結論付ける”という点が画期的な気がしたし、ある意味でカタルシスだな…と感じました。そして、そういう時代に自分自身が生きているということは、ものすごく納得がいくような感じもします。



それから、「ヤノマミ」というドキュメンタリーを見ていて感じたのは、「人間の幸せは常に、社会=他者との”関係性”のなかにある」ということでした。本能的な感覚が”No”とサインを出しても、社会がそれを”Yes”として認める限り人は前を向いて生きてゆくことができるけれど、その逆はイコールしないのが人間社会のような気がします。



上の二つの概念は本質的なテーマがまったく違うのですが…サンデル教授の説く「正義」によれば、私たちにこれからもっと必要になってくるのは、より自立した”個”と、他に興味を持ち積極的に受け入れてゆく”寛容さ”なのだとうことなのかもしれないです。



でもこれって実はとてもシンプルで、すでに沢山の人が言葉にもしていて、感覚的に誰でも本当は子どものころからすでに知ってるようなことで、取り立てて画期的なことではないのですよね。。。



今日は真面目な風で無駄に長くなりましたが…お休みで暇人なのでした…[E:coldsweats01][E:sweat01]
写真は、先日中央線から見えた夕焼け。中央線は夕焼けが似合うところとか、ちょっと昭和のにおいがするところとか、変化が多いところとかが好きです。